大森簡易裁判所 昭和34年(ハ)289号 判決 1961年7月25日
原告 代田冬蛙
右訴訟代理人弁護士 今野勝久
被告 柏木冬子
<外二名>
右三名訴訟代理人弁護士 金井正夫
右訴訟復代理人同 田中浩三
主文
原告に対し、被告冬子、同一子は別紙第二目録記載の建物を収去して、被告力造は同建物より退去して、それぞれその敷地である別紙第一目記載の各土地を明渡せ。
訴訟費用は被告等の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
別紙第一目録(一)記載の土地(以下本件甲地という)が訴外長島金太郎の、又同目録(二)記載の土地(以下本件乙地という)が訴外長島鈴吉の各所有であることは当事者間に争いがなく、証人長島金太郎の証言≪省略≫を綜合すると、原告は本件甲地を含む三二六坪(もつとも当初は三四一坪であつたがその後耕地整理によつて減坪された)の土地を、大正十三年三月四日当時の所有者である訴外長島弥太郎(その後相続により訴外長島金太郎が承継)より賃料当時一ヶ月坪当り金十銭(昭和三十四年頃は一ヶ月坪当り金十四円となる)の約で、存続期間の定めなく、普通建物所有の目的をもつて、又本件乙地を昭和九年頃その所有者訴外長島鈴吉より賃料当時一ヶ年金十円(昭和三十四年頃は一ヶ月坪当り金十四円となる)の約で、存続期間を定めず普通建物所有の目的のもとに、それぞれ賃借し、現在その賃借権を有していることを認めることができ、この認定に反する証人柏木鈴吉、同長島ハル、同野島静代、同細谷すゞ、同長島浅雄(但し二回目)の各証言、並びに被告冬子本人尋問の結果は採用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠もない。
被告冬子、同一子が本件甲、乙両地上に別紙第二目録記載の建物(以下本件建物という)を共有してこれに居住し、被告力造が右建物に右被告等と同居して、いずれも右両地を占有していることは当事者間に争いがない。
よつて、被告等の右占有権原に関する主張事実について以下順次検討する。
(一) 訴外ハナが本件甲地を含む三二六坪の土地を、大正十三年三月四日訴外長島金太郎の先代弥太郎より被告等主張の如き約定をもつて賃借したとの事実については、被告等の全立証をもつてしてもこれを認めしめるに十分でなく、その他この事実を認め得る証拠もないから、この主張は認容することができない。
(二) 右三二六坪は、訴外ハナと原告とが共同賃借したのを、昭和九年五月七日持分分割により爾後本件甲地については右ハナが単独賃借権を取得した旨の主張事実については、これまたこの事実を認めるに足る証拠がないから、この主張も採用の限りでない。
(三) 又被告等は、前示三二六坪について原告に仮に賃借権があつたとしても、右ハナは昭和九年五月頃原告より本件甲地に対する賃借権の譲渡を受けた旨主張するが、この主張事実についてもまたこれを認めるに足る証拠がないから、これを認容するに由ない。
(四) 訴外ハナが本件乙地を昭和八年二月頃訴外長島鈴吉より被告等主張の如き約定で賃借したとの事実については、この点に関する証人柏木鈴吉、同細谷すゞ、同長島浅雄(但し二回目)の各証言、並びに被告冬子本人尋問の結果は、前掲甲第五号証及び同第十五号証の一、二の各記載と、原告本人尋問の結果とに対比するときはたやすく採用することができず、又他に右事実を肯定するに足る証拠もないから、この主張も排斥せざるを得ない。
(五) 次に、右訴外ハナが、十年の取得時効の完成によつて、本件両地につき被告等主張の如き内容の各賃借権を取得した旨の主張について案ずるに、もともと賃借権も民法第一六三条にいう「所有権以外の財産権」中に包含され、したがつて時効取得の目的権利たり得るものとは考えるが、しかし、賃借権の時効取得については、只単に賃借人が内心的に賃借の意思をもつて土地を用益するのみでは足りず、すくなくとも客観的にこの意思が何等かの形によつて表現されていること、換言すれば社会的にも賃借権者らしく振舞い、かつそれが他よりも認められる程度の事実が存在すること(例えば賃料を継続的に供託している等)を要するものと解するを相当とするところ、これを本件について見ると、かかる客観的事実の存在についは、被告等の主張立証だけでは未だこれを認めることはできず、又他に右事実の存在を認めるに足る証拠もないから、右時効取得の主張は、他の点の存否について判断するまでもなく、すでに右の点において理由がないので、これを認容するわけにはいかない。
(六) 本件両地に対し、右の如く訴外ハナに賃借権の存在が認められない以上、たとえ右ハナと被告冬子との間に被告等主張の如き賃借権の譲渡行為があつたとしても、これによつて無より有を生ずるいわれはないから、被告冬子において賃借権を取得するに由ないものというべく、したがつて、被告冬子が昭和十九年六月十七日右ハナより賃借権の譲渡を受けてこれを取得した旨の主張は、とうてい採用するに値しないものといわざるを得ない。
(七) そこで、被告冬子は、十年の取得時効の完成によつて、本件両地に対する賃借権を取得した旨主張しているが、これについては前示において説明したのと同様の理由によつて認容することはできないから、右主張は排斥する。
(八) 叙上の認定事実に徴すると、被告冬子の本件両地に対する占有は、いずれもその所有者に対しては正当権原にもとずかない不法のものいうことができる。
(九) 被告力造が被告冬子の内縁の夫であり、被告一子が右両者の間に生れた子であることについては当事者間に争いがないところ、右力造、一子は被告冬子の家族としてそれぞれ同被告の賃借権を援用して本件両地を占有する権利を有する旨主張するが、前示の如く被告冬子に賃借権が無い以上、右被告等の本件両地の占有もこれまた所有者に対抗し得ない不法のものたるを免れないといわざるを得ない。
最後に、被告等は、原告の代位権行使は信義則違反かつ権利の濫用であるとして事実摘示の通り主張するのでこれにつき考えるに、被告等の本件両地の占有が前示の如くその各所有者に対抗し得る権原にもとずかないものであり、しかも、同土地の賃借権者たる原告に対しても、対抗し得る正権原を有することについて何等の主張も立証もない本件においては、結局被告等は、右占有によつて原告の賃借権を侵害しているものということができるところ、かような事実関係にある以上、仮に被告等主張の如き事実が存在するとしても、原告が代位権を行使して被告等に対し本件建物の収去並びに本件両地の明渡しを求めることは、何等信義誠実の原則に悖り、権利の濫用となるものとは解せられないから、右主張事実の存否について判断するまでもなく、被告等の右主張は採用することができない。
そうだとすると、原告に対し、被告冬子、同一子は本件建物を収去して、被告力造は同建物より退去して、いずれも本件両地を明渡すべき義務があるから、原告の本訴請求は理由があり、正当として認容すべきである。
よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条を各適用し、なお本件は仮執行を付することは相当でないと認めるのでこの宣言をしないこととし、主文の通り判決する。
(裁判官 須田武治)